合言葉は?
IKEAで本棚を買ったえりんぎ。

その晩さっそくAiが組み立ててくれました。

Aiは頭で組み立ての段取りを考えながら、作っています。

私はその横で、今日あったことを話す。

私のイメージはね、一緒にしゃべりながら楽しく作業する二人♪



でも、明らかにAiの返事が遅れてる。。。

私の言葉が空振りする。。。



あれ、、、、



そう、あれです。

男性特有の1つのことしか集中できないってやつです。

「Aiちゃん、喋るの後の方がいい??」

「うん。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一気にテンションの下がるえりんぎ。

いつもならチョイすねモード。



が!

この日は違った。



えりんぎの頭にグッドアイデアが浮かんだ。

それは、合言葉!!



「一緒に家を作ろうな。」




何かとってきてと頼まれれば、

「Aiちゃん合言葉は?!」

「一緒に家を作ろうな。」

「OK!!!」



疲れてきたら、

「合言葉は?!」

「一緒に家を作ろうな。」

「うん!」



という具合に半ば強制にAiに言わせてたのですが、笑

結構楽しかった。



でも、あながち真実が入ってると思わん?

夫婦で家を作っていく。

造っていく。

二人の意識を、この家は自分たちが建てあげていくんだっていうのを、

しっかり持っているのと持っていないのとでは全然違うと思うんだ。

今回は面白おかしくやってたけど、

こういうのも大切かなと思ったんだ。

すねるパターンの脱却でもあるしね。



で出来上がったのがこれ!

080918_115211.jpg



はい。クーラーぎりぎりです・笑

はい。嬉しがりです☆



ひとつずつ私たちの家族を建てあげていきたいです。



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一体となる(2)
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)



一体となるとはどういう事なんだろう。

一体とは共有すること。

実際、夫婦の働きはまったく違う。

Aiの過ごす一日と私の過ごす一日、

考えただけでも、まるっきり正反対のことをしてる。




でも、

Aiの仕事を二人で共有してるって考えた時に、

私たちの心に変化があった。

Aiは、家族を養っていく責任と、

仕事の中で毎日、大きなプレッシャーや問題と戦っていた。

でも、「この仕事を妻と共有する。」って考えた時に、

すごく力を感じて、楽になったって話してくれた。

私もAiの仕事を共有してるって思ったら、

私もその場所に行くような気持ちになって、

Aiのために祈って考えて、参戦しようと思った。



家事と子育てに関しても同じ。

私が家で何かするとき、

「Aiと共有してる。」って考えた時に、

何をするのか随分クリアになった。

ひとつ思ったのは、

Aiの仕事は朝早くて夜遅い。

平日はケイタの寝顔しか見れなくて、

一緒に遊べるのは日曜日くらいなんだ。

でもその中で、お父さんがいない家庭をつくるんじゃなくて、

お父さんがいる家庭を作ろうって思った。

お父さんがいないときも、お父さんを認める。

お父さんがいないときも、お父さんを尊重する。

そのためには、私の意識が変わる必要があるし、

言葉も変わってくる。

面白いのは、

Aiの意識も変わった。

今までは、仕事のせいで家族との時間が取れなくて、

悪いな〜、これでいいのか?っていう責める思いがあったけど、

共有と考えるときに安心して任せることができるし、

時間を作れない自分を責める思いがなくなったんだって。




二人の役割があって、

その目的をひとつにするとき、

一体となって動くことができる。



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一体となる
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)





一体を妨げるもの、

事件や、繰り返される問題そのものじゃなく、

もっと根っこの部分に理由があった。

それは、『罪の性質』。

罪の性質はすべての人が持っている。

小さい子だって立派な罪人。

隠す心を持ってたり、

自己中心的な心を持ってる。

生まれてから罪人になるんじゃない。

生まれた時から罪の性質を持って生まれてくるんだ。



夫婦がひとつになろうとする時、立ちはだかる『罪の性質』

この立ちはだかる壁を打ち壊すのは、イエス・キリストただひとり。



「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とはさまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」
(エペソ2:14〜16)



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完全な結び目
「それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。」
(コロサイ3:12〜14)



デールウォーカーの「結び合い」のコメントを読んで、私と神さまとの事を考えた。

(おいおい!考えてなかったのかよって感じやけど。笑)

すると、上の聖書の言葉が出てきて、

神様と私たちの結び目にはすでに完全なものがあるって思った。

それは・・・・

キリストの愛。

私たちが認めても認めなくても、その愛はすでにあって、

一方的で、

私たちはそれを認めるだけ。

信じるだけなんだって。





夫婦の場合。

愛を持ってこないといけないと思った。

私と夫の間に、「愛」を置くことなしに結ばれることはないのかなと。

違いのある人に対して聖書は語っている。

結びの帯として『愛』を着けなさいと。

それは完全だから。。。

愛しか私たちを完全に結ぶものはない。



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結び合い
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)




『結び合い』について考えた。

ひとつじゃないものが結び合わさる。

結ぶ、結ぶ、結ぶ・・・・

ん?

結ぶってことは、はずれるかもってこと??

おっと、、、そうなの??



結び方にもいろいろある。

かたい結び方。

ゆるい結び方。

今日、私たちはどんな結び方をしてる?

結び目をはずれそうになってないか、

チェックすることが大事だねって結論になりました。


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