関係の回復
めちゃくちゃ嬉しいことがあったので、シェアします!



こないだAiだけが友達の結婚式の二次会に行ったんだ。

(私は北海道に行ってたので、参加できなかった。)

私ら夫婦は元々友達やから、共通の友達が多い。

その日も懐かしいメンバーがいたりして、

私がブログをしてる話になったみたいで、

後日、Aiがこのブログアドレスを友達らに送ったんだ。



そんなことを知らないえりんぎ。

北海道から戻り、ミクシィをチェックしてみると、

足跡の中に何回か訪れてる子がいてる。

誰やろう?

知ってる子かな?



その足跡を辿ってみる。

するとプロフィールに、『神様大好き!』の文字が書かれてる。

ってことはクリスチャン。

でも、誰かまったくわかんない。

日記の中に、

『二次会に来てくれた友人が、奥さんがやっているブログを教えてくれたので、見てみた。
涙がでた。

その時思ったのが、本当の意味でクリスチャンであると言う事は、全てを神様にさらけだす事だと知った。・・・・・』

明らかに知り合いやけど、

思い当たる子はもう何年も教会に来てない子。

だけど、日記の内容からして彼女しかいない。

どうかな?と思いつつもメッセージを入れてみる。

「もしかして、○○ちゃん?ブログ読んでくれてるん?」


すると彼女から返事が帰ってきた。

「そうです。○○です。」

マジで〜〜〜〜〜!!?

なんで?なんで?

なんで?『神さま大好き』?

何があったん??



以下彼女からのメール↓↓↓

『・・・・・・Ai君から、教えてもらってブログ読ませてもらいましたっ!!
・・・・・・・自分が神様に壁を作って、一人いじけてたのが、Ai君がブログを教えてくれたのがキッカケで、本当に胸打たれたよ…
スコーンって、入ってきた
スゴい不思議な体験をしたよっ
読みながら、涙が出てきて、仕事中の休憩してる時やってんけど、一人で車の中で泣いてしまったよ…

神様と自分の関係って言うのを、もう一度見直す事が出来て、本当に心から(久しぶりに)『何をしてたんやろ…神様ごめんなさい』って祈れた〜

そっから、本当に心から喜びがくるって言うか、『自分がこんなんやからアカン…』とか、『私、こんなんやから神様に相応しくない…』とかっていう思いが変わった…って言うか、『神様の前に、本当に罪人やったけど、このままの私を神様は受け入れてくれてる』って自然に思えて、本当に、『私は弱い人間やけど、神様はそんな私を許してくれてる』って、すごい実感したっ
(今さらかいって感じやけど…)

それと、クリスチャンのブログとか、日記とか証を読んで感動したよっ何か、感動してばかりやねんけど…涙もろくなってしまったのか、一人車の中で感動して泣いてしまってるわ…かなり怪しい人間になってるでも、でも、本当に感動してるよっ

えりんぎの言う通り、一人では無理やけど、日本全国に神様の愛を伝える為に祈ってる人達がいるのは、本当にスゴいと思う

私も、神様の前にどうしても隠したい事があって、辛すぎてフタをしてた出来事があったけど、それこそが神様との壁にしてしまってたから、全てをさらけ出して委ねようと思う。伝えたい事は、たくさん×2あるけど、上手く収まらんわ…
とにかく、一番伝えたい事は、感謝!!!』




ブログを通して彼女が神様との関係を回復した。

すごい嬉しかった!

ブログやっててホント良かった。

もうめちゃめちゃテンション上がった。

地上でこんなんやったら、天ではすごいだろうね!



でも、これだけで終わらない♪♪



次の日、またメールが届いた。

彼女のテンションが上がってる様子☆

その内容は、

ミクシィの足跡を辿ってたどり着いた宣教師の日記の中に

「イエス様が30歳になるまで忍ばれた…」って書いたのを見たって。

で、振り返ってみると彼女の30歳はダメダメやったな〜って考えてたみたい。

だけどね♪

彼女はあることに気付いた。



「もしや!!!?」



メールを見返してみたら、

Aiがこのアドレスを送ったのが彼女の31歳の誕生日やったって!!



やっほーーーー♪

神様はそういう事されるよね!

そうなんだよ。

神様はめっちゃそういう方なんだよ・笑




みんな!

みんなのブログが励ましになってるよ。

ブログを通して神さま働かれてるよ。

こんな嬉しいことないね。

きっと、表にでてこないこともたくさんあると思うんだ。

自分の耳に届かないこともあると思うんだ。

でもね、

知らないところで何かが起きてるよ。

全国で神様との回復勃発中!



最近思うのは今の時代、一度信仰を持った人が、

もう一度神様との関係を回復する時でもあるのかなと思う。

地震が起きたり、悪いニュースばっかりで、

人の力じゃ太刀打ちできない事がいっぱい起きてる。

それを見せつけられるこの時代。

気休めはあっても神様にしか救いはない。(←この言葉めっちゃ好き!)

神様の元に帰ってくる友達の姿、

もうめちゃめちゃ嬉しいよ!!

これが生み出す喜びなんだね!(生み出す喜びについては「北海道旅行シリーズ」を見てください。)



神様ありがとう〜!

そして、これからもそんな友の姿、いっぱい見たいです!!



PS:彼女のビジョンはクリスチャンじゃない旦那さんと同じ信仰を持ち礼拝に出ること!その彼女が読んでくれてると思うので、お帰りコメントしてくれたら嬉しいで〜〜す!



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北海道土産?
思わぬところから北海道土産??

ケイタが水疱瘡になりました。



日曜日に39度の熱が出たものの、

食欲もあるし、元気です。

土曜日に病院に行って薬をもらい、ヌリヌリしております。

こんな顔になっちゃいました。笑

↓↓↓

080623_123148~000





ケイタはそのプツプツが気になるみたい。

私が薬を塗るときは特にそう。

かわいてもいないのに、すぐにさわってしまう。



その時、えりんぎは思う。

『私に任せてくれたらいいのに〜。』



でもね、

私たちも同じじゃないかな。

私たちは、自分の傷が気になる。

無意識に触ってしまう時もある。

そしてなかなか治らない。

ジュクジュクして気になって気になって仕方がない。

かさぶたになって、治るぞ〜って時に、

また剥がしてしまう。

何度そんなことをしたかな。




神様に持っていこう。

私を造られた方、

私を一番知っている、私を愛してやまない方に。。。



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少しのチャレンジ
今度、ママさんの集いの賛美リードを頼まれた。

賛美をリードするって私には絶対にできないって思ってた奉仕なんだよね。

それで、思い返してみたんだ。自分のこと。




中学生の時に、

「えりんぎってさ、人前に立つと語尾があがるよね。ぶっりこみたい。」

と影で言われて以来、

人前に立つのが異常に緊張するようになったえりんぎ。

その心臓のバクバク感はすごかった。

吐きそうなくらいバクバクしてた。

『出席』をとるときの返答でさえ、緊張してた。

(これやったら、結婚式の誓いの言葉はどうなるんやろうって真剣に考えてた。)



でも北海道にいるとき、

ゲームの司会をしないと駄目なときがあって、

いつもの如く、その異常な緊張が襲ってきたんよね。

それを、先生に言ってみたら、

「それは傷ついたんだよ。きちんと神様に言おう。」

ってことになって、一緒に祈ってくれたんだ。

すると、心が中学生に戻って、

涙がボッロボロでてきたんよね。

そのとき初めて、

「あ〜、私傷ついてたんやな。」

って気付いた。

その直後のゲームの司会は、忘れられない私と神様の思い出。(すごく楽しめたんだ!)




で、その後から少しずつ私にとっての、チャレンジが訪れた。

あの異常な緊張はなくなった。

ゲームの司会だったり、

授業前のアナウンスだったり、

それは、他の人にしたら全然平気なことかもしれない。

でも、えりんぎにしては毎回チャレンジで、

「神様〜助けて〜。」

って思いで意を決してやってたんだよね。

そして、ホントに少しずつ少しずつ任せられる範囲が広がっていった。



賛美リードは、私にとっては思ってもなかったこと。

昔を知ってる友達はびっくりすると思う。

歌もさほど上手くない。

コード進行なんて全くわからなかった。

でも、少しずつ神様は教えてくださって、

コードの事が少しだけど知れたり、

少しずつのチャレンジが、次のチャレンジへと繋がっていった。



今でも「賛美リードして。」って言われると少し緊張する。

慣れてないから。

でも、それができる力が今は与えられてるって知ってる。

ひとつひとつ階段を上がるみたいに、

神様は成長させてくださる。

いきなり、最上階に連れていって怖い思いなんかさせない。

ひとつだけ上げてくださって、

「ほら。大丈夫だろ。わたしの助けがあっただろう。」

と言って、その景色を楽しまさせてくださる。

そして、私が神様とそれを楽しむと、

またひとつと・・・・。



そこには、いつも少しのチャレンジがある。

でも、それは到底無理なことじゃないんだ。

「神様、あなたが助けてくださるんであれば・・・」

できること。

ただ、私は手を伸ばして神様に助けを求める。

一歩踏み出してみる。

その一歩はドキドキ。

でも足が付いた瞬間、神様の手がその下にあって、

ぶわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと、

引き上げてくださるんだ。

(↑擬音でしか説明できない人。。。)

でも、体験した人はわかるでしょ?




そんなことを思い出しながら、

これからも、神さまとの思い出を増やしていきたいって思います。



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謝った
今日、友達に謝った。。。

先月かな、

えりんぎが言った言葉が気になってて、

そのままにしてて、

でも、気になってて、

今日、電話して謝りました。



友達は、全然気にしてなかったって言ってたけど、

そのことが友達との関係を邪魔するなら嫌やし、

勇気を出して電話したんだ。

っていうか、すでにえりんぎの内側では、

邪魔するものになってたかもしれん。

少しこっちから連絡するのが、

躊躇するところがあったもんね。




歳を重ねる毎に謝るのが難しくなる。

(歳のせいにするなって?!)

夫婦では謝ることはあるけど、

友達に謝ったのは久々。



謝るまで、いろいろ考えて、

『このまま黙ってても関係は続けれるんちゃうん?』とか思ったりして、

でも、そんなん神様は喜ばれへんのは分かってて、

モヤモヤモヤモヤしながら、

ウロウロウロウロしながら、

「神様、助けてください。」って祈って電話した。



そして感想は、

電話して良かった〜〜〜♪

なんかギュッと縛られてものが、解き放たれた感じ。

決して自分がスッキリするために謝ったんじゃないよ。

このことが友達関係を邪魔するなら、取り除けたかった。

最後はいつもの二人に戻って、

「またね〜!」って電話を切った。



謝れる人になりたい。

自分が悪いときは素直に謝れる人になりたいです。

(1ヶ月経ってじゃなく・・・☆)



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ママさんゴスペル
今日は、教会でママさんゴスペルに参加してきました。

ママさんバレーならぬ、ママさんゴスペル。

その雰囲気はすごくリラックス〜〜で、

ママさんが歌うその円の中に、

子供たちがブロックで遊んでる。

しかも20数人はいてたんだけど、

クリスチャンはほんの5人!

ほとんどが近隣のママさんたちでした。

逆にちょっと遠い私の方がびっくりされちゃった。



普段は親子英会話にきてる人たちばっかりなんだけど、

今回ママさんのためのゴスペルがあるってことで、

人が人を呼び、こんなに集まったらしい。

すごいね。

平日にクリスチャンじゃない人がこんなに集まって、

賛美を歌ってる。

なんだか嬉しくなったよ♪

こうやって教会が自然に、

近隣の人たちに開かれてるっていいよね。



実はえりんぎ、ゴスペルってあんまり好きじゃなかったんだ。

何度か、教会で聖歌隊とか作ったり、

挑戦したけど、

ん〜〜〜〜〜〜って感じやった。

でも、今回ね、

初のテナーに挑戦したんだよ。

普通は男の人が歌うのかな?

アルトより下のパート。

これが楽しかったのさ〜♪

きっと、クリスチャンじゃない人と一緒に歌ったのと、

ママさんたちが楽しそうにしてるのと、

初テナーが自分に合ってたのと、

(はい。えりんぎは声が低いです。)

なんだか楽しい一日でした。



最後、パートごとで自己紹介したんだけど、

「『天使にラブソングを』が好きで、ずっとしたかったんです。」

って人がすごく多かった。

あの映画の影響力はすごい!

私も大好きです。



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最後の授業
結局、最後の授業になってしまった木曜日。

何が語られたのか。

(金曜日はね、賛美からそのまま祈りの時間になったんだ。)



それは、

『どのようにして、リーダーをつくるのか』
(斜め文字が授業ノートより)

リーダーとは生まれながらにして、

持っている性質ではなく、

発展するものだという。


私は、どこかの場所でリーダーを育ててる立場ではないけど、

子を持つ親として、覚えておかなければいけない事柄と思った。



1、正直さ(誠実さ)を求める。

品性、誠実さが私を支える。

骨と皮で例えてくれたんだけど、

その誠実さは、骨のようなもの。

人気や賜物や、用いられることは皮。


アダム師の学校で、あるとき、

腕相撲大会があったんだって。

そこで、登場してきたのがすごく筋肉を鍛えてる男の子。

あだ名を言っててんけど、

プロテイン?

違うな。

忘れちゃった。

とにかく、そんなあだ名を付けられるほどの筋肉隆々の彼。

すごく接戦だった。

みんながその試合に注目した。

でもね、

次の瞬間、

彼の骨がポキって折れたんだって。

彼は筋肉は鍛えれたけど、骨は鍛えれなったんだろうって。

誠実さが私を支える。



2、間違いを期待する。

期待するんだよ。

成功を期待するんじゃなく、

間違いを期待するんだよ。

初めて聞いた。

間違うことを許されない世界って緊張するよね。

間違ってもいいんだ、間違っても否定されないその世界は、

どれだけ生きやすい世界なんだろう。

間違いの中に、多くの宝物が眠ってる。

間違いは失敗じゃない。

間違いは次に行くステップ。

間違いを許す親になりたい。



3、安息を覚える。

安息日は、「日」そのものではなく原則です。

私達を助けるために神様が与えたもの。


自分にとっての安息があると思う。

それはお茶することだったり、

好きな音楽を聴くことだったり、

気の知れた友達と語りあうことだったり、

自分が回復するためのもの。

それも安息だね。

だけど、最も必要なのは、

ただただ神さまとの時間を過ごす。

聖書を置いて、

賛美を口ずさんで、

神様に話していく。

神様と二人だけの時間、

その中に本当の安息がある。



4、責任を与える。

責任を与えられたときに、人は認められることを知るかもしれない。

自分は役に立つ存在なんだ。

いてもいいんだ。

どこかに招かれてずっとお客様扱いだと、

居心地が悪かったりする。

何か、自分の役割を見つけたときすごく嬉しかったりする。

そしてその責任は、成熟を生む。

その中で失敗しながらも、学んでいく。

よく考えて、間違いながらも、自分の力になっていく。

そして違うことを任すことができるようになる。



5、成功を再定義する。

「完全さ」、

「人が集まること」、

「人気」が『成功』ではない。

『成功』とは『健康』であること。


この言葉すごく好きです。

好きだけで終わっちゃいけないね。


6、困難を一緒に受け止める。

困難、苦しみは成熟へと導く。

この「一緒に」っていうのがポイントやと思う。

どれだけの子供たちが一人で戦ってきたんだろう。

置き去りにして、

見て見ぬふりされて、

誰も自分に味方がいない、そう思ったとき人は何を考える?

私もそんな覚えがあるよ。

一緒に困難を受け止めてくれる人がいるとき、

人はものすっごい力を得るんじゃないかな。



7、大きな3つのことに備える。

それは第一ヨハネ2章16節。

肉の欲。

目の欲。

暮らし向きの自慢
。(←こんなこと聖書に書いてるんだね。驚いた。)


肉の欲とは、性的なもの。

目の欲とは、お金、車、物質的なもの。

暮らし向きの自慢は、高慢。

これはクリスチャンになっても、決してなくならない。

これは戦わなくてはいけない分野。




8、仕える、仕える、仕える、仕える・・・・・・!!



9、御霊の賜物(第一コリント12章7〜11節)の訓練をする。

これは与えられてるものを受け取って、

管理し、訓練しないといけないんだね。




実際に育つ側に立った今、

神様に知恵を頂いて、取り組んでいきたいと思います。



ブログ村でも、いろんな方が秋葉原殺傷事件に触れていらっしゃいますね。

本当に痛ましい事件。

私自身、神様に出会って初めて、

愛があること、

認められてること、

自分の存在価値を知りました。

それでも、クリスチャンになっても、

人から見放されたり、

拒絶されたり、

陰口を言われたりしたことがあります。

もし自分の周りがそんな世界だけだったら、

おかしくなるかもしれないと思う自分がいてます。



しかしながら、

私は子供を持って以前よりも遥かに、命の尊さを感じています。

痛ましいニュースを見るたびに心に痛みが走ります。

遺族の方、近しい友人のことを思うと言葉がみつかりません。

もし自分の息子が・・・と思うと、どうなるかわかりません。

悲しいかな、

そんな事件はこれからも起こってくるでしょう。

自分はどうしたらいいんでしょうか。

そんな世の中に対抗できるんでしょうか。



聖書は言います。

『闇は光に打ち勝たなかった。』と。

光を頂いている私たちは、

たとえ小さく思えても、その光を消すことをしないで、

輝かしていく。

与えられた家族、

与えられたその小さな世界で、

誠実に歩んでいくことじゃないかなと思います。



だから、

神さまから受けている恵み(光)をこれからも分かち合ってください。

その小さな世界の輝きが励ましになってます。



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献身すべきこと
私たちが献身すべきこと。

1、御言葉に献身する。

2、交わりに献身する。

3、クリスチャンじゃない人との交わり。

4、祈り。



今の時代、

御言葉と祈りは「やってます!」って言えるクリスチャンは多いかもしれないけど、

2と3に関して献身してる教会は少ないんじゃないかって。

ここで言う交わりは、ただお茶を入れて、当たり障りのない話をすることじゃない。

お互いの世話をしあう。

二人の人が背中を合わせて、他から守り戦う。

戦友とも言えるかもしれないね。

確かに私自身思い当たる。

使徒の働き2章には、

「いっさいのものを共有していた。・・・

資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。」

って書いてるもんね。

もっと、生活に密着していて、

お互いの必要を知っていて、それを満たし合っていたんだ。



教会が失ったものを取り戻したい。

私は堂々と、御言葉と祈りに献身してます!とは言えないよ。

でも、私達家族が本当に御言葉に献身していったら、

どうなるんだろうって考えた。

交わりに献身していったら・・・・。

祈りに献身していったら・・・・。



まずは、御言葉に献身する者になりたい。

普段の生活の中で、御言葉を思い浮かんだら、

従っていきたいと思った。

私たちの基準は自分の感情じゃなくて、

培った良心でもなくて、

他の人の考えでもない。

永遠に変わらない神の言葉にある。



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やっぱり気になるよね。

私がした質問。



アダム師と一緒に来られた先生。

ジョン・ハンター師。

かっこいい名前だね。

彼も昔ドラッグしてたらしいんだけど、

そんな風には全く見えない紳士そのもの。

私が質問した時も、手を止めてきちんとこっちを向いて、

答えてくれた。



先生の授業ではね、

イエスさまはどのように情熱を持っていたかってことが語られた。

一つ目は、「壁のない愛」

二つ目は「命を差し出す心構え」

もう、このタイトルからしてすごい。

先生のいろんな経験を通して、授業をしてくれた。



私の授業ノートより↓

『私が自分だけに注目するなら、自分を滅ぼすことになるだろう。』


『神様は自分のミニストリーを建て上げる事に関心を持ってる人ではなく、

人を建て上げることに関心を持ってる人を望まれる。』


『ミニストリーの最高点は人に利用されることが分かってても人に与えること。』


『人を育てるのは、ルールや教育を教えるのではなく、あらゆる代価を払う。』


『人が愛さないときも愛する。』



心が痛かった。

そんな自分は程遠い。

自己犠牲、自分を差し出すということ。



私がした質問は、

「先生には境界線がありますか?」

少しの沈黙の後・・・

「私の境界線は少ない。

例えば、私は妻あるものとして女性との関係は気をつけます。」



もうひとつの質問は

「自己犠牲をして潰れてしまう人がたくさんいてます。

その人と先生の違いは何だと思いますか?」

すると、

「その人たちは途中で止めてしまったんじゃないか。

愛することを止めてしまったんじゃないか。

・・・・

愛することが働きになってるのかもしれない。

愛することは仕事ではない。

仕事にしてしまうと、潰れてしまうだろう。」


質問の最中、ノートを取ったわけじゃないから、

記憶を辿って書いたけど、

こういう感じのことを答えてくれた。



ついつい、「自分を差し出しなさい。」と言われると、

その言葉だけに目が留まり、

愛も何もなく、行動だけをしてしまう。

質問して思ったのは、

自分はどういう者かっていう認識と、

愛とはクリスチャンの性質だけど、

仕事にしてはいけないってこと。




授業の中で祈りがあった。

「教えてくださるだけでなく、愛と情熱を与えてください。

人が愚かだと思っても。愛する者としてください。」


愛と情熱を与えてください。

その祈りを聞いたときに、

先生だけが特別に愛の人って訳じゃないんだなって思った。

きっと、愛と情熱を与えてくれるように

たくさんの祈りを捧げた人なんだって思った。




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飢え渇き
北海道石狩市にあるCFNJ聖書学院です。

えりんぎはここで2年間学びました。

学院を卒業してから4年。

月日が経つのは早い。

とても綺麗な学院です。

学院1



えりんぎが卒業してから、

与えられた子供のためのミニストリーホール。

↓↓↓

2階は、家族寮になってます。


学院3



えりんぎは最初、この施設に目が留まり、

調べていくうちに、ここしかない!って思ったのであります。

騒がしい日常を抜け出して、

静かな場所にいく大切さを、もう一度思い返しました。




で、学院にくるのが4年振りになるわけだけど、

(卒業後に一回来たけど、授業には出てないからね。)

今回は学生と同じように、

朝8時からの賛美礼拝に出て、

午前中は授業に出させてもらいました。

久々のこの感覚。

学生の時は当たり前のように過ごしてたけど、

毎朝、集まって思いっきり賛美できる環境。

授業の内容は、自分の関心のある聖書の話。

教えてくれる先生は、知識も経験もある先生で、

普段は何千人かの前でメッセージしてる先生だ。

(学院では30〜40人。それでも神さまが与えてる働きと受け取ってきてくれてるんだって。)




母子室は2階にあって、

ガラス越しで授業を受けてたんだけど、

授業の中でちょっとした質問が出てきたんだよね。

でも、休み時間になるとケイタは寝てるし、

ケイタを起こして1階のホールに行くには、

あまりにも時間がかかるし、

英語のできないえりんぎは、通訳できる人もつかまえなきゃいけないし、

そのタイミングが難しかった。



でもね、その後。

食堂で友達を話してると、

私の質問したかった先生が一人で下りてきたんだ。

(アダム師を含め今回は3人の先生がいてた。)

私と話してる友達は英語ができる。

これを逃したら、もうチャンスはない。

アターーーーーっク!



えりんぎは学生の頃、

「いつでも聞ける。」っていう余裕がどこかにあって、

あんまり質問に行かなかった。

しかも、先生は授業終わって食事をとるところ。

タイミング悪いかな〜って気持ちの方がいつもなら勝ってる。

でもね、

今自分の置かれてる場所は、全然違うくて、、

こんな機会は到底ない!って思うと、

アタックするしかなかったんだ。



すると先生は、手をとめて丁寧に答えてくださいました。



『飢え渇き』を与えてくださいっていう祈りを聞くけど、

この飢え渇きってすごく大切だね。

質問って、答えにいき着くまでのやり取りから、

得るものがあったりするし、

他の人が質問する中でも、クリアになったりするんだよね。

私も、質問することを恐れないで、

掴み取っていきたいです。



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にっち家
北海道旅行は8泊9日。

最初はね、ケイタもいてるし、晩は何も予定を入れてなかったんだ。

でも、やっぱり久しぶりに行くと、

いろんな人が家に招待してくれたり、

YFN(ユースキャンプ)のためのセミナーが入ったり、

ケイタも早く順応してくれたので、

思った以上に充実した旅になりました。



本当は日曜の晩に、にっち宅にお邪魔する予定だったんだけど、

結局、金曜日のYFNで会うことになりました。

受付でね、
「にっち、来るかな〜。ドキドキ」

って待ってたんだよ。

んじゃ、『もちろんデザートゎ好き★でも神様が一番スキ(*o>U<)o』のみかちゃんが、


「あっ!にっちだよ。」

って教えてくれたんだ。



受付してるところに歩み寄って、

「にっち!」

って声かけた。



すると、

「あ〜〜〜〜〜〜。えりんぎ。」

って。


実は普段『えりんぎ』と呼ばれなれてないえりんぎ。

なんか妙に変な感じで、

でも、にっちにリアルに会えたことが嬉しくて、

ついつい、にっちをバンバンしちゃった。

大阪のおばちゃん丸出しだわ。。。



でも、このブログの繋がりってすごいよ。

ずーーーっと以前からの友達みたいなんだよね。

「にっち!久しぶり〜!」って感じ。笑

しかも、その横には、

コメント女王こと優ちゃんがいてて、

優ちゃんも、全然初めて会った気がしない。

純日本人のえりんぎが、思わずハグしちゃったよ。

前にね、北海道に帰るかも?って聞いてたんだ。

でもまさか、私が北海道に行くときと重なるなんて思ってもみんかった。

嬉しかったね〜。

神さま、ありがとうだね。



そして、みんなで賛美したんだ。

同じメッセージ聞いたんだ。

ブログ初めて一年も経ってないよ。

こんなことがありえるんだね。



にっち宅に行けなかったのは、

残念って言えば残念だけど、

でも実は、

さほど残念でもないんだよね。

(しいて言えば、なみえさんの手料理が食べれなかったこと?)

なんかね、「神様がまた会わしてくれる!」って平安があるだよね。

それがどんな形なのか、もう!めっちゃ期待!!



日曜の朝、にっちから、

「妻が体調不良で、昼までに回復しなかったら家に招待するのは難しいかも。」

ってメールをもらって、

その前に伝道の書を何故か読んでて、

『時を定めるのは神様』てっことを示されてたんだ。

その後のメールだったから、

神様に文句言わないで済んだ。笑

それで、その後Aiと電話で祈ったんだ。

「神様の心が成るように。」って。



結局、その晩は会えなかったけど、

夫婦で、夫婦のために祈ったことが嬉しかった。

にっちとえりんぎは、家族が与えられてから繋がった。

にっちのブログでも書いてくれたけど、(「えりんぎと会えたよ!」より)

私が北海道にいる時は、

かなり近くにいてたのに、

話す機会はなくて、

同じ空間にいてたのに、

ただそれだけで。。。



でもね、

家族が与えられて、

息子は同じ歳で、

しかも、Aiとにっちは同業者で、

私が大阪に戻ったのに、

それから繋がることができたんだ。

やっぱり、神様がなさることは想像を遥かに超えてる。



だから、これから神様がしようと為さることに、

めっちゃ期待!!かなり期待!!


「もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。」
(伝道の書 4:12)

この三つ撚りの糸。

夫と妻と神さまってよく言われるけど、

夫婦と夫婦と神様とも言えるかもしれない。

神様にある、夫婦同士の繋がり。

新しい世界を神様は教えてくれてる。

そんな風に思える。

私たち夫婦で、にっち夫婦のために祈ったとき、

それが起きたような気がするよ。




あ〜〜〜〜〜〜〜〜。

素晴らしいね!

にっち家と会わせてくださって、

神様、ありがと!


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ただいま!
ただいま〜〜〜〜〜〜〜っ!

北海道から帰ってきました。

毎日、ブログアップする気マンマンで行ったのに、

途中で止まってごめんなさい。。。



かなり濃厚な時間を過ごさせてもらいました。

朝昼晩と結構なスケジュールで、

のど痛の上に喋りすぎで、

最後まで低〜〜〜〜い声で、

初対面の人はえらい渋い声やと思ったやろうな。



楽しみにしてた方、ホントごめんなさいねっ。

でも、最高にスペシャルな北海道でした。

とりあえず、

今週ゆっくり受けた恵みをアップしてきまぁす。


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若者の力
朝昼晩と結構スケジュールが入って、

えりんぎの頭もいっぱいいっぱいです。。。

今日の晩はユースリーダーのための集会があったんだ。

その中で、若者について語られたんだよね。

先生が質問したんだ。

「35歳以上の人、手をあげてください。」

「その中で、一週間のうち友達20人とコンタクト取ってる人」

「35歳以下の人、手をあげてください。」

「その中で、一週間のうち友達20人とコンタクト取ってる人」

断然、若い人の方が手をあげてた。

若者は何かしら友達とコンタクトを取ってる。

時間があれば携帯でメールしてる。

それで想像したんだよね。

もし、そのメールの内容が神様のことだったら?

神様に変えられた話だったら?

瞬く間にリバイバルが起きる気がした。

簡単な気がした。

それだけ、若者には伝染する力がある。
成長に必要なもの
今日も朝から授業を受けました。

生みだすこと。

今日はどうやって新しいクリスチャンを成長させるのか

ということが語られてる。

アダム師は子供を育てることと関係づけて説明してくれるから、

自分の子供に対する気持ちを思う描くと、

必要以上に難しく考えなくて済む。

子供を育てるのは難しいことでもあるけど、

喜びであり楽しいこと。

それは

宗教的なものでは決してない。

彼との時間を割き、

彼の言動に耳を傾け、

私が良いモデルとなり、

生きる基本を教える。

クリスチャンの生きる基本とは、

聖書がただの書物でなく、

それを掘り下げ、

泉をみつける方法。

義務ではなく、神様とどのように親密になるか。

傷や苦々しさを克服すること

与えること。(自己中心が消えて行く)

海外のことわざなのかな?

人に魚を与えるとその人の一日の飢えをしのぐことができる。

しかし、釣り方を教えると彼は一生飢えをしのぐことができる。
四日目
朝から、CFNI学院長のアダム・マッケイン師の授業を受けた。

「私たちに与えられている一番素晴らしい賜物は何か?」

愛すること?

与えること?

礼拝すること?

信仰?

それは、すべてその一番素晴らしい賜物に向かうためのもの。

一番素晴らしい賜物とは、

「再生産すること」

創世記の最初の命令も、

洪水で人がいなくなり、ノアとその家族だけになった時も、

イエスが復活し、弟子たちに会われた時も、

「魂を再生産すること」を語られた。

生めよ。増えよ。地を満たせ。

弟子にしなさい。

このシリーズで今週は語られる。

自分は魂を生産してるか。

あまりにも自分のために、

自分のいいように、物事を捉えてた気がする。

御言葉も、自分のいいように。。。

もっと純粋に神様は何を語られているのか聞く必要がある。

この時代に合わせようとして、あまりにも変えてしまってる部分があると思った。

と同時に、何か重たい責任を負わなければいけない、

少し「しんどさ」を感じたんだ。

〜しなければいけない!みたいな。

でもね。

その「生み出すこと」は、私たちの仕事って捉えないでって。

それは、仕事というよりもあなたの喜びになるんです。って。

確かにな。

子供の誕生って喜びだもんね。

それで夜はフィリピンに宣教に行ってる家族の家にお呼ばれしたんだけど、

彼らを見てると何の気負いもなく、

これがしたい!って強いものもなく、

ただ神様が導かれたから宣教に行って、

そこに、働きがあったんだって話をしてくれた。

誇って話すことがないその姿に、

「管になる。」ってこういことなのか、

その姿を見させてもらった。

北海道三日目
今日は朝から聖書学校時代に通ってた教会の礼拝に出てきました。

懐かしい顔ぶれ。

大人の人達はあんまり変わってないけど、(外見ね)

子ども達はやっぱり大きくなってるよね。

びっくりしました。

私がいてた時は、新会堂のために祈っていたんだけど、

その祈りの実を見てきました。

そして、すごく控え目だった人が、

喜んでワーシップリーダーされていたり、

静かに礼拝出てた女の子が聖書学校に通ってたり

名物のカレーが下味バッチリのカレーになってたり(笑)

「栄光から栄光へと、私たちは変えられていくんだなぁ」と嬉しくなりました。

昼から会いに来てくれたEちゃん、嬉しかったです。

「幸福な家庭生活」という本をプレゼントしてくれて、

帰ってきて少し読んだけど、

「結婚は人が考えた制度ではなく、神が考えた制度」

と書いてた。確かにそうだよね。

そう思うとやっぱり、この結婚っていうものをしっかり神様から受けとって

聞いていきたいなって思った。

それで晩は、にっち宅の予定だったんだけど、

奥さんの体調不良で、今週末のYFNの集会で会う事になった。

連絡がくる前に、何故かいつも読まない伝道の書を開いてて、

「時を定めるのは神様」っていう事を想ってた。

もし読んでなかったら、「なんで神様〜!」

ってなってたと思うけど、神様はそんな私をわかってくれてたんだね。

次の神様タイムに期待して…。

で、夜の予定が空いたわけだけど、

ある夫婦と晩ご飯を食べることになった。

そこで聞いたんだけど、その夫婦には孫がいてて、

こないだ、2歳7か月になる孫がイエスさまを信じたんだって!

大体子供は2歳6か月で罪の自覚が出るらしい。

だから、そんな事も有り得るんだね。

後、それくらいの子に「どこから来たの?」と聞くと、

「白い服を着た男の人に言われて来たの。」

って答えることがあるって。

私ももう少し大きくなったら、ケイタに聞いてみよう。

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