我慢と耐え忍ぶ
「我慢」と「耐え忍ぶ」の違い。

興味あるでしょ?



聖書にはよく、忍耐について書かれてある。

それを聞くと、ついつい何でもかんでも我慢しちゃうんだよね。

それが愛とか思っちゃってさ。

でも、我慢して自分を押し殺して傷つけて、

そういう時は、相手を愛する気持ちも実はないんだよね。

自分に対しても、相手に対しても、

どこにも愛を見出せない。



「我慢は精神をむしばんでいくけど、耐え忍ぶことは精神が傷つかない。」

境界線の学びで聞きました。

名言だね。

耐え忍ぶとは、明け渡すってこと。

「自分にはどうすることもできません。あなた(神様)に任せます。」って。

そしてそこには、『産みの苦しみ』というものが確かにあるけど、

そこには神様が絶対救ってくださるっていう喜び、希望があって、

その喜びを味わっちゃうと、

「その苦しみを負わせてください。」というセリフが私の口から出てくるかもしれないね。



我慢は、

「私が我慢します。そしたら解決するんでしょ。。。悶々。。。。」

結局、解決はきません。

フタをしてるだけ。

何かの拍子にまた出てくる。

息苦しい、しんどい、なんで神様重荷ってこんなに重たいの。。。

聖書に書いてることってしんどい。。。。



「我慢」と「耐え忍ぶ」

この違いを理解したら、すごく楽に生きられると思います。



「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
                                                        (マタイ11:29)



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ブログについて
久々のアップになります。

最近、悶々としとりました。

それは・・・

ブログについて。

先週初めて「ブログやめよっかなぁ。」という言葉が、

えりんぎの口から出ました。

ブログを書こうとするんだけど、手が止まる。

無理やり書きたくないので、消去する。



何なんやろ?

こんなことなかったのにな。。。



ですが、わかりました。

それは、「恐れ」でした。

ブログを始めて10ヶ月。

いろんな意見が聞こえてきます。

「励まされてます。」という意見もあれば、

耳の痛い意見もある。

そういった場面を目にすることが増えて、

いつの間にか、私の内側に「恐れ」となって蓄積されてったみたいです。

ホントいつの間にかです。。。



「恐れ」は人を不自由にします。

「恐れ」は「本来あるべき姿」から遠のかせます。

先週から語られてます。



そして昨日、

愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。』(ローマ13:10)

応えをもらった気がしてます。

読んだ時、心が安心したのがわかりました。



私にとって、ブログが書けない一番の理由は「恐れ」。

今回気付いたけど、

生活リズムも随分と変わってきたのも事実なので、

自分のスタイルを探りながら書いていきたいと思います。



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一体となる(2)
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)



一体となるとはどういう事なんだろう。

一体とは共有すること。

実際、夫婦の働きはまったく違う。

Aiの過ごす一日と私の過ごす一日、

考えただけでも、まるっきり正反対のことをしてる。




でも、

Aiの仕事を二人で共有してるって考えた時に、

私たちの心に変化があった。

Aiは、家族を養っていく責任と、

仕事の中で毎日、大きなプレッシャーや問題と戦っていた。

でも、「この仕事を妻と共有する。」って考えた時に、

すごく力を感じて、楽になったって話してくれた。

私もAiの仕事を共有してるって思ったら、

私もその場所に行くような気持ちになって、

Aiのために祈って考えて、参戦しようと思った。



家事と子育てに関しても同じ。

私が家で何かするとき、

「Aiと共有してる。」って考えた時に、

何をするのか随分クリアになった。

ひとつ思ったのは、

Aiの仕事は朝早くて夜遅い。

平日はケイタの寝顔しか見れなくて、

一緒に遊べるのは日曜日くらいなんだ。

でもその中で、お父さんがいない家庭をつくるんじゃなくて、

お父さんがいる家庭を作ろうって思った。

お父さんがいないときも、お父さんを認める。

お父さんがいないときも、お父さんを尊重する。

そのためには、私の意識が変わる必要があるし、

言葉も変わってくる。

面白いのは、

Aiの意識も変わった。

今までは、仕事のせいで家族との時間が取れなくて、

悪いな〜、これでいいのか?っていう責める思いがあったけど、

共有と考えるときに安心して任せることができるし、

時間を作れない自分を責める思いがなくなったんだって。




二人の役割があって、

その目的をひとつにするとき、

一体となって動くことができる。



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一体となる
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)





一体を妨げるもの、

事件や、繰り返される問題そのものじゃなく、

もっと根っこの部分に理由があった。

それは、『罪の性質』。

罪の性質はすべての人が持っている。

小さい子だって立派な罪人。

隠す心を持ってたり、

自己中心的な心を持ってる。

生まれてから罪人になるんじゃない。

生まれた時から罪の性質を持って生まれてくるんだ。



夫婦がひとつになろうとする時、立ちはだかる『罪の性質』

この立ちはだかる壁を打ち壊すのは、イエス・キリストただひとり。



「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とはさまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」
(エペソ2:14〜16)



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完全な結び目
「それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。」
(コロサイ3:12〜14)



デールウォーカーの「結び合い」のコメントを読んで、私と神さまとの事を考えた。

(おいおい!考えてなかったのかよって感じやけど。笑)

すると、上の聖書の言葉が出てきて、

神様と私たちの結び目にはすでに完全なものがあるって思った。

それは・・・・

キリストの愛。

私たちが認めても認めなくても、その愛はすでにあって、

一方的で、

私たちはそれを認めるだけ。

信じるだけなんだって。





夫婦の場合。

愛を持ってこないといけないと思った。

私と夫の間に、「愛」を置くことなしに結ばれることはないのかなと。

違いのある人に対して聖書は語っている。

結びの帯として『愛』を着けなさいと。

それは完全だから。。。

愛しか私たちを完全に結ぶものはない。



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結び合い
「それゆえ、男は父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2:24)




『結び合い』について考えた。

ひとつじゃないものが結び合わさる。

結ぶ、結ぶ、結ぶ・・・・

ん?

結ぶってことは、はずれるかもってこと??

おっと、、、そうなの??



結び方にもいろいろある。

かたい結び方。

ゆるい結び方。

今日、私たちはどんな結び方をしてる?

結び目をはずれそうになってないか、

チェックすることが大事だねって結論になりました。


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助けはどこから?
私は方法論の本を読むのが好き。

経験してなくても、多くの知恵の人が教えてくれる。

でも、時々神様に聞かないで、本や人に聞いてる時があるなって思うんだ。

その時、頭でっかちになっていくのが分かる。

答えがみつからない。



行き着くところは結局、神様。

「神様教えてください。」という心。

神様に聞くことなしに、答えはみつからない。

神様に聞くことなしに、いのちを得ることはない。



不思議と神様に聞く心を持っているとき、

本や人を通して、神様は語ってくれる。

だから、私はこれからもやっぱり本を読むし、いろんな話を人としたいです。



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父母を離れる
「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」

創世記2章24節。

有名な聖書の言葉。

結婚する時、私達は父母を離れなきゃいけない。

それは両親と関係を絶つとかじゃなくて、

第一に、ひとつとされた夫婦に関心を持っていくという事。


それが本当に大切なことが、今よくわかります。




で、

この原則はケイタにも当てはまる事に昨日気付いた。

ケイタが結婚する時、

私たちもケイタを手放さなければいけない。

それを考えた時、正直「いややな。」と思った。

彼の人生を見つけて欲しいって願ってるのに、

ケイタを手放すことを想像したときに、

そんな思いを発見した。

でも、結婚とはそういうもの。

結婚は人間が作ったものじゃなくて、神様が作ったもの。

ひとつとなる素晴らしさ。

何かと繋がっていたら、ひとつにはなれない。



結婚式に父が流した一筋の涙を思い出した。

私を送り出してくれた父に感謝する。



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宝ゲット
神様が与えた関係がある。

神様が与えた機会がある。

そんな不思議を体験する。



何かアクションを起こすとき、

悪いことばかり想像してる自分がいてた。

でも、

良い方向に向かうチャンスかもしれない。

何か宝を手に入れるチャンスかもしれない。



それなら、一歩踏み出してみよう。

恐れないで、

そのままの自分で、

扉の向こう側に行ってその宝をゲットしよう。




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覚えておこう
隣の家の人が亡くなった。


私がここに越してきて、1年半になるけど、

見かけたのは1、2回。

おじさんは一人で住んでいた。

そのことも最近知った。



私はこの家で聖書を開いたり、

賛美を歌ったり、

楽しい時を過ごしたり。

でも隣の家で、おじさんは一人家の中で息をひきとった。



どんな状況だったんだろう。

どんな思いだったんだろう。




私は、アダム師のお母さんの証しを聞いたばっかり。

アダム師のお母さんも、再婚したお父さんも、

ドラックの常習犯だった。

でもキリストに出会って、彼らの生活は一変した。

そして、

その家の右左3軒、クリスチャンになったそうだ。



その話がすごく心に残った。



そして今回、

悲しいけど、聞いた証しとはまったく反対のことが起こった。

私は「実」を結びたい。

生み出す者になりたい。

その思いが与えられ、大きくなってきた時に起こった出来事、

考えさせられる。

私はこのことを覚えておこうと思う。



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何を信じる?
良い実を結ぶには、良い環境と良い栄養分が必要。

どこに身を置いて、何を聞くのか。



30代になってね。

いろんな実を見始めている。

若いときは楽しいだけで良かったし、

目に美しいものに心が奪われていた。



だけど、

ある程度時を過ぎた今、

いろんな「その後・・・」を見ている。



何を信じるのか、

何に価値を置くのか、

今、気分のいいことが何年後どうなるのか、

変わるものは何か、

変わらないものは何か、

本当に大切。



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世界にひとつだけの花
『世界にひとつだけの花』
 

 花屋の店先に並んだ
 いろんな花を見ていた
 人それぞれ 好みはあるけれど
 どれもみんな きれいだね
 この中で誰が一番だなんて
 争うこともしないで
 バケツの中 誇らしげに
 しゃんと胸を張っている

 それなのに 僕ら人間は
 どうしてこうも比べたがる?
 一人一人違うのに その中で
 一番になりたがる?

 そうさ 僕らは 世界に一つだけの花
 一人一人違う種を持つ
 その花を咲かせることだけに
 一生懸命になればいい


 小さい花や 大きな花 一つとして
    (小さい花 大きな花)
 同じものはないから
 No.1にならなくても いい
 もともと特別な Only one




聖書には、『花』ではなくて『実』と書いてる。

私はこの表現とても好き。

『実』は食べることができる。(←食いしん坊ってわけじゃなく・笑)

食べた人は力を得て、また『実』を結ぶ。

そして、また違う人がその『実』を食べ『実』を結ぶ。

『実』は『花』よりも影響力がある。





私は『花』ではなく、『実』を結ぶものになりたい。



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暗闇に光
今の時代に生きる希望、

それは、聖書に書かれてある永遠に変わらない神の言葉。




「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119章105節)



「もしあなたのみおしえが私の喜びでなかったら、

私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。

私はあなたの戒めを決して忘れません。

それによって、あなたは、私を生かしてくださったからです。」(詩篇105章92,93節)



暗闇に光輝く神の言葉たち。。。



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何のために
自分は何のために生きているのか。

自分の目的は何なのか。

日常のあわただしさの中で、

翻弄される毎日。

何によって私は人生を決めるのか、

もう一度考えよう。



「また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられなすように。」

「あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。」


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